山本コーチのブログ

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その道は本当にあなたが選択した道ですか?

こんにちは。山本です。

 

今回は根本的なテーマです。

 

私はスポーツ選手に脳機能をうまく使ってパフォーマンスを向上させる方法を提供しています。

 

しかし、いくらこのような方法を使っても、結局ぶち当たる問題があります。

 

本気で、心から、このスポーツの世界で

 

「うまくなりたい」「成功したい」

 

と思っているのかという問題です。

 

あなたが本気で、心から納得して、選んだ道なのかどうなのか。

 

もしも、それが曖昧なら前に進むことができません。

 

なぜなら、ここでひと踏ん張り、もう少しで、一段階上に上ることができる、

 

壁を超えることができる。

 

こういった時に、無意識は、本当に超えたいと思ってなければ、

 

超えないような行動をとり始めたりするのです。

 

現状の自分に引き戻されるといった、表現がいいかもしれません。

 

無意識は、壁を越えられてしまったら、困るわけです。

 

現状の自分を維持したいから。

 

その壁を越えていくには、やはり強い精神エネルギーが必要となるのです。

 

その強い精神エネルギーは、心から、本気でないと出ません。

 

当たり前のことなのですが。

 

しかし、それが意識的にわかればよいのですが、無意識の出来事だからこそ厄介なんです。

 

子供の頃、親に言われたから、

 

みんなより、うまくできたから、

 

「自分で決めたわけではないけど」、という考えが無意識の中に

 

存在していると

 

壁を乗り越えれそうなときに、ふと顔を出してくるのです。

 

「やめとけば」と。

 

こうならないためにも

 

まずは、今の目指すものが、自分で決めたことなのかを

 

もう一度、考え直してみてください。

 

そして、それでも、まだ、その道を目指すなら、

 

無意識に教えてあげてください。

 

本気で「トップになるんだ」と

 

大切なのは、他の誰でもない自分が、決断してから、覚悟を持って前に進むことです。

 

強い覚悟がないと、厳しいスポーツの世界で勝ち残るなんて絶対できません。

 

「私が選択をした道である」という自覚、「その道の頂上に私は辿り着きたい」という自覚

 

まずはそこからスタートです。

 

こだわりはトップアスリートへの道を邪魔をする

こんにちは。山本です。

 

あなたにはこだわりはありますか。

 

こう質問されて、うん、私にはこんなこだわりあるよな。

 

なんていうようなこだわりはあまり問題にならないでしょう。

 

自分のこだわりに気づいている場合です。

 

アスリートの方もゲンを担ぐのが好きな人がいます。

 

勝ち続けているときは靴下は右からはくなどや

 

グラウンドに入るときは必ず左足からなど、色々とあるでしょうが

 

今回のテーマはこのような意識にあがるようなこだわりではなく

 

意識にもあがらないようなこだわりのことについてお話ししたいと思います。

 

意識にもあがらないこだわりなんて、こだわりじゃないんじゃないの?

 

という疑問が聞こえてきそうですが。

 

確かにそう。

 

こだわりは、大きくなってその人の思想哲学になってしまうともうこだわりではなくて、

 

当たり前になってしまいます。

 

 

しかし、周りからみたら明らかなこだわりであったり、自分でもふと冷静になったらこだわりに気づいたりする場合があるでしょう。

 

アスリートが自分の能力をもっと上げたいと思っていても、それを邪魔しているのは、こだわりから思想哲学にまでなってしまった、ほかならぬ自分自身の考え方の場合がほとんどなのです。

 

ここで私のこだわりの例を聞いてください。

 

私は病院に苦い思い出があって、病院に行くことが嫌いでした。

 

最初は病院は嫌だなと自分でもわかるこだわりだったのですが、

 

いずれ、病院の悪いところばかりの情報を収集するようになっていきます。

 

こだわりの正当化ですね。

 

するとそれは病院は悪いところだから行ってはダメだという考えた方がしみついてしまったのです。

 

そう、私の思想哲学にまでなってしまったのです。

 

病院には絶対に行かない!

 

私は幸い、そんなこだわりからは解放され、病院の良いところ、悪いところ、わかった上で

 

付き合うようになりました。

 

私が身をもって体験したように、ひとつのこだわりは成長を妨げます。

 

トップアスリートになるためには成長を妨げるものが一つでもあれば

 

それがボトルネックとなってなかなか前にすすみません。

 

こだわりを持たないことが大事なのです。

 

とはいうものの思想哲学になるぐらいまで根をはったこだわりは

 

なかなか自分で気づくことができません。

 

それは当たり前のように親から受け継がれた価値観かもしれませんし、

 

その思想哲学があったからこそここまで成功してきたんだというように

 

解釈しているかもしれませんし。

 

コーチングの必要性とは

 

実はこのこだわりをとることなのです。

 

あなたの思考にとりついた寄生虫だと思ってください。

 

その寄生虫を取り除けば体は健康な状態となるのと同じように

 

思考にこびりついた寄生虫を取り除くことにより、思考はクリアになり、

 

あなたにとって重要な情報がどんどん入ってくることになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トップアスリートのマインドのあり方

こんにちは。山本です。

 

今日はトップアスリートのマインドのあり方について説明します。

 

一言で言えばエフィカシーになるのですが、エフィカシーの高いマインドとはどういうことかについてみていきましょう。

 

エフィカシーの高いマインドとは絶対的な肯定感とも言えるでしょう。

 

よく、自分を信じるという言い方がされますが、自分を信じろと言われて「よし自分を信じよう」となって成功することができるでしょうか。

 

「よし自分を信じよう」との裏側には信じることができない自分がいるのではないでしょうか。

 

意識的に信じようとしても、無意識は信じれない、または自信がないという状況となっている場合が多いのです。

 

また、そもそも自分って何やと考えてみると何かあやふやな感じがしませんか?

 

もしもあやふやな感じがするなら、あやふやなものを信じるなんて、とても難しいことになってしまいます。

 

ですから、そうではないのです。

 

トップアスリートのマインドとは自分の能力はすごいんだという絶対的な肯定なのです。

 

誰が何と言おうが

 

過去にどんな失敗をしてようが

 

今まで何の実績がなかろうが

 

絶対的な自分の肯定感が必要なのです。

 

例えば、100メートルで10秒を切るというゴールがあるとしましょう。

 

人から君に10秒なんか切れるわけなんかないよと言われようが

 

どんなレースに出ても最下位であろうが

 

今まで、11秒すら切ったことがなかろうが

 

絶対に私の能力はそのゴールを未来に必ず達成できるという確信が必要なのです。

 

達成できると絶対的に自分を肯定している状態がトップマインドなのです。

 

まずは絶対的な自分の肯定です。

 

この状態をつくっていく方法は色々とあるのでまた紹介していきたいと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神藤波選手のイップス問題

トップマインド育成コーチ 山本敦志です

 

前回に引き続き藤波選手について。

 

今回は藤波選手とイップスというテーマでお話ししたいと思います。

 

イップスは極度の緊張状態などによって神経系統のコントロールが利かなくなり運動障害をひきおこすものです。

 

何らかの原因があり引き起こされると言われています。

 

脳で言えば、情動を司っている部位、扁桃体や大脳辺縁系の話になります。

 

これらの情動を司る脳は自らの体を守るために、自分の生命にとってリスクがあることを避けるためにそのリスクを恐怖として記憶しています。

 

たとえば、いじめられた子供が学校の校門を見るだけでブルブルと震えるような体験がそれに当たります。

 

いじめられた時の恐怖体験が生命の危機であると記憶するとそれに繋がるものをみるだけで恐怖を感じ事前にそれを察知し避けようとするのです。

 

ブルブルと震えるというのはこれらの脳の部位は自律神経と繋がっているために交感神経が暴走してしまうというカラクリです。

 

イップスが引き起こされる理由も何らかの失敗体験が恐怖体験となり、それがリスクとして記憶されてしまうことによって自律神経に作用してしまいます。

 

運動選手にとって一番重要なのはリラックスと緊張のバランスをとることです。ここぞという時に力をいれて緊張状態に持っていくためにはその前にしっかりとリラックスしておく必要があるのです。

 

なのに自律神経にまで作用するような失敗体験はリラックスできる状態を崩し、リラックス状態でなければならないときでも緊張してしまっている状態となってしまいます。

 

そして、もうひとつ重要なことがあります。

 

脳の恐怖を司る部位にはなんとその恐怖を増幅するという機能が備わっています。

 

恐怖を一度リスクがあると判断すると、その恐怖を増幅し、絶対その恐怖を体験しないようにしようとするのです。

 

もちろん元々のこの機能は生命が生きながらえるための機能だったのですが、生命の危機でもないところでも私たちの心に弊害を生み出すようになってしまっているのです。

 

イップスというのも、最初に何らかの失敗という原因があったのでしょう。しかし、そんな失敗なんて生命の危機でも何でもないはずです。

 

なのに、失敗しないように、失敗しないようにと思えば思うほど増幅してしまっていくのです。

 

ちなみにこの状態が長く続いてしまう状況をトラウマと呼びます。

 

トラウマになるには何度も何度もその失敗体験や恐怖体験を心の中でイメージします。そしてそのたびごとにその体験は増幅されます。

 

失敗は一度見るだけで十分、その後は「俺らしくなかったな」と思えば増幅されるような事態にはならないはずなのです。

 

ということはイップスも同じです。

 

イップスなんて名前を付ける行為自体がその体験を助長することになります。

 

どこかの第3者が客観的にみてイップスだどうだということ自体は学問的に意味があるのかもしれませんが、私たちの目的は最高のパフォーマンスを発揮することだけです。

 

だからイップスなんて言葉は気にする必要は全くありません。

 

アスリートは様々な失敗をしながら前に進んでいきます。

 

しかし、その失敗は全てが過去です。

 

焦点は未来にあてるのです。

 

過去のことなんて考えているのは時間の無駄。

 

気づいたことがあることがよいことですが、

 

よくなかったことを脳に記憶させ増幅させるようなことは絶対にやってはいけないのです。

 

未来に向けた高いエフィカシーだけあればよい。

 

藤波選手はもともとべらぼうに高いエフィカシーを備えた存在です。

 

今の藤波選手は「俺らしくないな」と思ってほしいと思います。

 

もちろん私も「藤波選手らしくないね」と思ってます。

 

girl plays superhero

 

阪神 藤波選手のパフォーマンス状態を分析

トップメンタル育成コーチ 山本敦志です。

 

本日は阪神藤波選手の心理状態と改善方法を記してみたいと思います。

 

まず、藤波選手とはプロ野球選手で高校時代から天才児として甲子園でも春夏連覇を成し遂げた逸材です。

 

阪神タイガースに入団してからも一年目から活躍し、将来のタイガースの絶対的エースとして期待されている存在なのだろうと私は思っています。

 

ところが最近はすっぽ抜けの球が多くなり、フォアボールやデッドボールを多発し2軍での調整を余儀なくされ、1軍に帰ってきても以前のようなパフォーマンスを見ることができない状態となってしまいました。

 

そして藤波選手がイップスなのかという記事まで出るようになってきています。

 

そこでコーチング的な視点から藤波選手の問題を考えてみようと思います。

 

藤波選手がストライクが入らない要因が精神的な要因か技術的な要因かというような話題があったので、まずはそこからいきましょう。

 

技術的な要因とは精神的な要因の影響を100パーセント受けるので全てが精神的な要因であると考えます。

 

マインドが先で全てがその影響によるパフォーマンスです。

 

藤波選手はもともと、廻りの中でも飛びぬけた存在であったのでずっと高いエフィカシーを維持してきたことと思われます。

 

しかし、何らかの出来事によりエフィカシーが下がってしまったのだと思います。

 

エフィカシーは上がったり、下がったりするもので人のマインドとはそんなものです。

 

私たちコーチの役割はエフィカシーが高い時には自分らしいと思うように教えることです。

 

そして、エフィカシーが下がった時には自分らしくないと思うように教えることなのです。

 

当然のことながら、下がった時こそが重要なのです。

 

今回は失敗してしまった。しかし本来の私はすごいんだと思うようにし、

 

一時もエフィカシーが下がらないようにします。

 

高いエフィカシーは現状の自分の外の想像以上のパフォーマンスを実現する力を秘めています。

 

藤波選手はアスリートがあこがれるトップアスリートですから、この高いエフィカシーを維持して今のキャリアを築いてきたはずです。

 

しかし、現在のところ、下がったエフィカシーを戻せずに苦しんでいると判断します。

 

さて、ここで重要な問題です。

 

なぜ、あのエフィカシーが高い藤波選手のエフィカシーが下がり続けたままなのか。

 

ここからは推測ですが、私は藤波選手が何度もビデオを見たりして、悪かった点の指摘を数多く繰り返されたのではないでしょうか。

 

コーチングでは失敗は一度は反省しないといけないが、反省する点を見るのは一度だけとします。

 

なぜ、悪かったのかを見る必要は確かにあるのですが、何度も何度も自分の失敗を見せられるとエフィカシーが下がってしまいます。

 

先ほども述べた通り、自分の限界を超えたパフォーマンスを発揮するエネルギーを生み出すのは「俺はすごい!」「私はすごい!」というエフィカシーなのです。

 

失敗した時こそエフィカシーが揺らぐときです。

 

しかし、そんな時だからこそ、「俺らしくなかったな」という強烈なマインドで乗り越えていくべきなのです。

 

必要であれば、周りの声は一切無視する必要があるかもしれません。

 

それでよいのです。

 

自分にとってネガティブな要素を植え付けようとする声を自分のマインドに取り込んではいけません。

 

藤波選手に関しては失敗の感情が恐怖の感情と結びついて、トラウマ化しないためにもなるべく早く高いエフィカシーを取り戻してほしいものです。

 

Coach watching batter about to hit

 

 

 

 

メンタルとフィジカルという考え方はもう古い

スポーツにおいてメンタルとフィジカルがあると思われている方が多いのではないでしょうか。

 

メンタル フィジカル という考え方はもう古い!と私は考えています。

 

本気で結果を残したいと思う方は

 

パラダイムチェンジをしましょう。

 

これからの時代に考えるべきはマインドとパフォーマンスです。

 

詳しく説明していきましょう。

 

メンタル フィジカル

 

このように二つに分けて考えるのは、何を鍛えるのかという観点ではないでしょうか。

 

主にスポーツではフィジカル(肉体)、テクニック(技術)を鍛えるべきであることは言うまでもありません。

 

そして最近ではそれだけでは足りない。

 

スポーツにおいてはメンタル(精神)も鍛えなければ

 

せっかく練習した成果が本番で発揮できなければ意味がないじゃん。

 

だからメンタルを鍛えるという考え方や言葉が使われるようになり、

 

メンタルコーチの存在もクローズアップされてきたのでしょう。

 

しかし、もう少し先を行きたい選手の方は考え方をもう一段更新してください。

 

これからはマインドに焦点を当てましょう。

 

マインドとはメンタルという意味と似てはいますが、少し違います。

 

またマインドという言葉を使う理由に関してはメンタルの考え方とは雲泥の差があります。

 

どういうことか。

 

メンタルとはフィジカルに対して肉体だけではなく、精神もあるよ。

 

肉体だけ鍛えるだけではなく、精神も鍛える必要があるよという意味に使われているようにかんじています。

 

私からすると肉体と精神という二つがあるという考え方に映るのです。

 

最新の認知科学以降はそんな風には考えません。

 

マインド(脳と心のことです。)が抽象度の高い情報空間にあり、その写像が物理空間に現れていると考えるのです。

 

一般にメンタルと言われるような精神の空間、心の空間とフィジカルと言われる肉体がある物理空間は連続的につながっているのです。

 

簡単にいうと

 

メンタルとフィジカルは別々に鍛えるようなものではないのです。

 

ですから、スポーツ選手がやるべきことは

 

マインドの使い方を知ってマインドを使いこなすことなのです。

 

マインドを変えるとその効果は肉体に現れます。

 

マインドを変えるから新しい肉体になり、

 

マインドを変えるから新しい技術が身につくのです。

 

逆にマインドを変えずに肉体だけ鍛えてももとに戻ったり、怪我したりします。

 

もう一度言いますが、

 

メンタルとフィジカルとは別々に存在しているものでは決してありません。

 

しかし、メンタル、フィジカルという言葉使ってしまうとまるでこの二つが別々であるかのように感じてしまいます。

 

ですから、これからはマインドという言葉が主流になるべきだと言っているのです。

 

最先端の認知の理論を取り入れてスポーツで結果をだそうと考えている方はこれからは

 

マインドという言葉を使いましょう(笑)。

 

そして最強のマインドを手に入れた結果、現れてくるのが最高のパフォーマンスなんです。

 

私たちが欲しいのはボディービルダーは別ですが、

 

フィジカルというより、そのフィジカルが引き起こすパフォーマンスなはずです。

 

その過程でフィジカルトレーニングの必要性があるのはもちろんですが、

 

フォーカスすべきはマインドとパフォーマンスです。

 

スポーツ選手においてコーチングが必要な理由はマインドの使い方を知る唯一の方法だからです。

 

マインドが変わらなければ何をやっても実は変わらないのです。

 

マインドを変えるために是非コーチングを使ってほしいと思います。

 

Human head silhouette with focus on the brain

 

 

 

 

 

久しぶりのブログです。

久しぶりのブログです。

 

この期間、とても色々なことがありました。

 

もっと言うと、窮地におちいっていました。

 

まず、コーチングの他にも自営業者として会社をしているのですが、

 

そこで、番頭としてお任せしていた社員が倒れてしまい、

 

会社が傾きそうになったのを何とか立て直していました。

 

しかも、その少し前にサッカーの試合中に半月板を痛めてしまい、

 

診断結果は半月板損傷と前十字靭帯変性!

 

足を引きずりながら、会社立て直しに奮闘していたんです。

 

私にとっては、おじいちゃんと親父から受け継いだ大切な会社なので

 

少し、コーチングはお休みして、水道屋さんとして働いていたわけです。

 

何とか、落ち着きを取り戻し、ひざの痛みも和らいできたので、

 

ブログを再開しました。

 

ただ、その期間ただ忙しくしていたわけではなく、

 

コーチングのこともすごく考えてきました。

 

ざっくり何を考えてきたかというと

 

もう少し、大好きなスポーツの世界に身を置いてみたいなということでした。

 

スポーツ選手に対するコーチングを充実させよう!という思いが強くなったのです。

 

なかなか、成果が上がらない人にマインドの使い方を知ってもらい、

 

劇的な成果をあげることに貢献したい。

 

一人の選手と真摯に向き合い、成功してもらいたい。

 

勝つことが至上命題のプロ選手やプロやオリンピックを目指す方が対象と

 

なるでしょうが、そういう方への力となりたい。

 

そんな自分の思いに気づくことができました。

 

まあ、今回はとりあえず、再開のための一歩ということで、キーボードを叩けたことが幸せです。

 

私も次のゴールに向けて、前進、成長していきますぜ!

 

up up away

普通な人が多い中で成功するのは簡単です。順序を変えるだけ。

こんにちは。苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。

 

あなたの自己イメージは低すぎる!

 

今のあなたの悩み、不安、不満などあなたの可能性に比較するとちっぽけです。

 

可能性を発揮している自分の自己イメージを創りましょう。

 

そちらの自己イメージの方があなたらしい。

 

可能性を発揮している自己イメージが先にできると脳は(勘違いして)その自己イメージが自分だと思い込みます。

 

このカラクリと使って成功していくのです。

 

だから、まずやることは未来の自己イメージを創り、未来の自己イメージから現状の自己イメージをみてみること。

 

そしてなんでこんなことで悩んでいるんだ!!!と本気で馬鹿らしくなることです。

 

どうやら人は順序が逆に考えちゃうんでしょうね。

 

ゴールが先で認識が後なのに、

 

現状の自分があって、その自分ができるゴールを考えちゃう。

 

だから、普通と言われる人生に甘んじてしまう。

 

絶対、ゴールを先にしてすべての物事を考えていってください。

 

しかし、よく考えてみると、普通な人がいるから成功というんだろうなと思います。みんなが成功者だと成功という言葉の意味がなくなりますもんね。

 

普通な人が多い中で成功するのは簡単です。

 

普通の人と順序を変えるだけ。

 

ゴールが先で認識があと。

 

全ての認識はゴールがあって生まれると理解することです。

 

そう理解することができるとゴールを達成している自己イメージを創りことがやりやすくなります。

 

そして、その自己イメージの臨場感を強く、強く、もっと強く感じいくのです。

 

そうすれば、自然に成功してしまうのです。

 

そう、普通の人からすると「すげえ!」と言われる偉業が達成されるのです。

 

 

Man turning the word "Impossible" into "Possible"

 

苫米地博士にコーチングを受けて思うこと・・・

こんにちは。苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。

 

今日はコーチングについてお話したいと思います。

 

私は、苫米地博士に直接コーチングを受けました。また、ルータイスからは亡くなった後であったため、動画でコーチングとは何かを教えて頂き、ルータイスの思いを伝承しているマーク・シューベルトとは語り合いながら色々なことを教えて頂きました。コーチングとは何かを一生懸命説明しても、この体感そのものを伝えることは難しいと感じています。

 

私は苫米地博士やルー・タイスやマーク・シューベルトと同じコーチングができるようになりたいという気持ちで毎日を生きています。

 

苫米地博士の言葉で説明すると、彼らの情報場というものは彼ら特有なものです。

 

そして、私にも情報場があって、これを読んでいるあなたにも情報場があります。

 

ただ、情報場には抽象度という階層性があって高い情報場という場があると考えます。

 

高い情報場って何やねん!

 

ですよね。

 

よくわかるのですが、ここではまずこの高い情報場の説明はおいておきながらコーチングの説明をしようと試みます。

 

コーチングの一つの目的として「自分の情報場をひとつ上の抽象度に上がる」と捉えて成長を促します。

 

簡単に言うと、「今までのセルフイメージを超えて成長、進化した新しい自分いなる」ということとなります。

 

苫米地博士やルータイスには長年の経験により到達した情報場があるのです。例えば、私を例にしましょう。それを私の情報場から見るとわからないものなのです。

 

わからないというのはその情報場がどんなものか理解できないということ。

 

しかし、なんか見てみたいという衝動が私にはあった。その情報場とは自分自身が抽象度を上げることにより到達できる場であるということは知っていたので、その情報場の景色が見てみたいという一心で私も経験を積んできたと言えます。

 

苫米地式認定コーチやTICEコーチという肩書がありますが、これらは苫米地博士やルータイスが到達した情報場に行くための方法論をある程度習得した資格と考えるとわかりやすいのではないかと思います。

 

方法論が世間ではゴール達成やエフィカシー、コンフォートゾーンなどと言った用語を使いながら解説しているのです。

 

しかし、その目的はあくまでも、(苫米地はで言うところの)抽象度をあげること、(一般的に言えば)成長、進化すること。なのです。

 

今の自分の殻を破って新しい自分になることです。そしてその殻とは永遠に存在し続ける。だから、永遠の成長、進化を促すことが本当のコーチングです。(近年コーチングはコミュニケーションツールとして広がっていますが、苫米地、ルータイス派のコーチングがより深い、本当のコーチングを提唱しているといえます。ですからこれらとは分けて語られる必要があるように感じています。)

 

だから、一つ上の抽象度に行くこと、成長、進化をしていくことを他の人にも伝えようと思いコーチングをしています。

 

そこで重要なのは

 

もう一度、私の例で言うと、苫米地博士とルータイスに教わりにいったのは他でもない私です。私の意志で言ったのです。私が教わりたかったから。私が彼らの情報場を知りたかったからです。

 

盲目的に信じているわけではなく、その時にWANT TOで知りたかったこと、そしてその情報場に魅力があったことが学んでいる理由です。

 

だから、魅力がなくなったり、あきたり、他にそれ以上に追い求めたいものが見つかれば違うことをするでしょう。

 

しかし、このように考えるようになったのはコーチングを学び、苫米地博士にコーチングを受けたことがきっかけでした。

 

もう少し、付け加えると苫米地博士やルータイスが到達した情報場もあれば、釈迦やキリストやアインシュタインやニュートンやリンカーン、スポーツでもベーブルースや王貞治、イチローやメッシなど偉大な功績を遺した偉人の情報場もあるのです。

 

これらの偉人も確かに高い抽象度の情報場に到達したのです。

 

そして私たちも同じように一つ上、一つ上へと成長、進化を続けるとどんどんと高い情報場へと移行していくのです。

 

この成長、進化を促すことがコーチングなのです。

 

このような意味ではコーチは高い情報場へと誘導する道先案内人と言えるかもしえませんね。

 

コーチングの根っこにはすべての人に歴史的偉人や現代社会で活躍している人と同じ可能性があると信じる気持ちがあります。

 

もちろんその裏付けとして認知科学が証明もしています。科学的な知見があるから信じることが出来るのです。

 

私たちやこれからの子供たちにも無限の可能性があるのです。

 

ほっといても出てこないかもしれないけどコーチングがあれば出てくる、それほどコーチングはすごいんだと私自身本気で思っています。

 

コーチングを見直していただけたかな。

 

with tomabechi

 

 

 

趣味、職業、ファイナンスは分けて考えること。

こんにちは。苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。

 

今日は趣味と職業とファイナンスについて。

 

私は、苫米地博士から趣味と職業とファイナンスは違うんだよと教わりました。

 

このことがどれだけ私自身、人生観を変えたかは計り知れません。

 

ですから、苫米地博士の焼き増しになりますが、説明したいと思います。

 

趣味は誰のためにもならないし、お金もかかるけど、好きで好きでたまらないもの。寝る時間よりも、食べる時間よりも優先させたくなるもの。

 

職業は社会に自分の役割を提供するもの。人の役に立つことをすること。ここで重要なのは自分だけのためにやることではないことはもちろん、他人だけのためにやることでもありません。自分と他人のためになることです。教えることが職業な人を例に挙げると、教えられる人の役に立つことが大切であり、同時に自分が教えていて楽しかったり、うれしかったりするという自分がやりたくてやっているということもとても重要です。そして注意点は、職業とは、お金になる場合もあれば、ならない場合もあります。お金にならないものを職業とは思わない人が多いですが、職業とは、お金になるかならないかどちらでもよく、社会に自分の役割を提供しているかどうかの一点になります。

 

ファイナンスはお金です。お金を稼ぐというよりも、収入と支出の関係のことを指しています。現代社会で生きていくためにはお金は必要不可欠です。そのお金がいくら必要で、いくら稼いで、いくら使うかということです。そう考えると、ファイナンスとは健康と同じようなものかもしれません。健康は健康でありたいと願いますが、健康状態とは病気や痛みがない状態であり、バランスが取れている状態といえます。すごい健康がゴールと言ったところで、すごい健康と健康の違いを説明しずらいように、ファイナンスも収入と支出のバランスが取れていることが理想な状態と言えるのです。

 

趣味

職業

ファイナンス

 

このように私たちが普段、何げなく行っている経済行動などをひとつとってみても、これらを分けて考えることは非常に役に立ちますし、自分がどのように生きていけばよいのかが明確になってきます。

 

例えば、車を買いたいという衝動がおこったとしましょう。

何故、その衝動はおこったのでしょうか。

趣味がスノボだから、雪山に行くためだとしたら趣味の領域になります。

人に教えるための会場に行く手段が必要だからとしたら職業の領域になります。

今年度は会社で利益が出たから、税金対策で車を買い換えようとなるとファイナンスの領域です。

 

しかし、車一台を例に挙げて説明しても、車は趣味、職業、ファイナンス、これらの要素が重なり合っている場合の方が多いかもしれません。平日は職業の為に使い、休日は趣味として使い、といったような例です。

 

私たちの人生も、もちろんこと、趣味、職業、ファイナンスが重なりあっている場合がほとんどではないでしょうか。

 

重なり合っている中で、今回私がこのテーマを取り上げた理由は多くの人が関連性を誤解して不幸になっていると感じたからです。

 

ここで人はやりたいことだけしかやってはいけませんというコーチングのエッセンスを取り入れて私たちの人生をもう一度見直してみましょう。

 

職業は自分が心からやりたいと思うこと。しかも、社会の役に立つことです。

 

「えーそんなこと見つからないよ」という人で趣味がないという人はいるでしょうか。「ない!」と言い切るなら、それはあまりにも奴隷すぎます。

 

では、趣味はある!と答えた人が、その趣味を人と共有したらどうなるでしょうか。その趣味を人に教えてあげるといったことが起きるということは想像できるのではないでしょうか。

 

例えば、趣味が音楽でオーディオのことは好きで好きでたまらない。休みの日は電気屋さんに行き、暇さえあればネットでオーディオ関連をチェック、そしてお気に入りのオーディオで、お気に入りの音楽や映画を楽しむ。という人がいたとします。

 

ある日、友達がやってきて、「俺もオーディオ買おうと思ってるんだ。どんなのがいいかな?」といった質問をしたら、どうなるでしょうか。あーだこーだと目をキラキラさせながら話し出すのではないでしょうか。そして「俺が一緒について行ってやるよ」と言い出した時に趣味が人の為に変わりました。

 

また、その購入を手伝ってもらった友達も満足して他の人に「あいつはすごいよ!」「知識半端ないよ」といったら俺も私もと手を挙げる人がどんどん増えました。すると一人ずつは面倒だから、いっぺんに教えるから俺の部屋に来てよ。となる。

 

ここで職業の定義。何だったでしょう?

 

自分が好きなこと、楽しいことで、社会に役割を提供すること。

 

あまりにも社会のニーズが多くなって、このオーディオが趣味な人が今やっている仕事を辞めて、これだけをするようになったとしましょう。

 

すると生活するお金を、君たちからもらうね。

 

となっても誰も文句を言わないでしょうし、むしろお金で教えてくれるんだったら喜んでお金を払うよ!という人が出てきます。

 

 

これは、この人のファイナンスにもなったということになります。

 

 

つまり、やりたいことだけするということは趣味、職業、ファイナンスが関連しながら自分の人生を形作るのです。

 

ここで私が言いたいのは趣味を職業にせよ!そして、ファイナンスとなるまで持って行けということが言いたいわけではなく、今ある人生を見直してみて、やりたいことだけをしていますかというこの方なのです。

 

単なるファイナンスが全人生になっていませんか?ということです。

 

最終的に生活があるから「お金を頂戴な」といったオーディオマニアのように最初にやりたいことをやっていますか?ということです。

 

お金の為に人生を考えるのではなく、好きなこと、やりたいことをやる自分が先にあって、その自分の役割を社会に使ってもらい、社会に貢献する。

 

そんな当たり前のことを忘れていませんかということなのです。

 

もし、忘れてしまっているのなら、趣味を見つける、若しくはもう一度やってみる。ということから始めてみてはどうでしょうか。

 

趣味をすごいレベルまで高めてきた人は、社会の為にひと肌脱いでみてはいかがでしょうか。

 

それが素晴らしい人生の始まりとなるのです。

 

空