-
最近の投稿
カテゴリー
アーカイブ
投稿日カレンダー
2024年12月 日 月 火 水 木 金 土 « 4月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
今日はビジネスコーチングについて考えてみたい。
私は建設設備関係の会社を親から引き継ぎ経営している。そして最近新たにコーチングの会社を立ち上げた。
そんな立場からコーチングとビジネスの関係について考えてきた。その帰結を皆さんとシェアできればよいなと思う。
普通の会社、何と言えばよいのだろう?一般的な会社?レガシー企業?とにかく今までの企業だ。この仕組みとは、まず、大前提として資本主義の元で成り立っている。株主が企業に投資をしたお金を資本として、企業は利益の最大化を目指すために存在している。そしてその為に経営者は売り上げを上げ、利益を上げることを目的とし、従業員を雇い入れ、設備投資をし、目的を果たそうとする。そして従業員は生命時間を提供して、それと引き換えに給与をもらう。労働者の目的はこの給与となる。
会社はそれだけじゃないとそれ以外にも色々なことがあるのに、そんな簡単に言われたら困る!と思うだろうか?
だから今回はプライオリティという概念をいれたい。企業にとってプライオリティは様々かもしれないが、基本的にはほとんどの企業が前述のことを最重要事項として存在しているのではないか。
簡単に言うとお金だ!今までの企業はほとんどがお金に焦点を当てている。株主も、経営者も、労働者も、そしてその周りにいる家族ですら、企業に求めているものはお金だ。
資本主義とはお金主義のことであり、その影響は企業を通じて、人々にお金が絶対であるという思想を植え付けている。
だから、今までの企業とはお金を軸としている。プライオリティはお金が一番高いということである。
それに対して、コーチング導入企業はというと、プライオリティが生産性にある。お金に焦点をあてるのではなく、生産性に焦点が当たっている。
まず、お金に焦点が当たっていないという点だ。
企業が営利活動であるにも関わらず、お金に焦点をあてないなんてことができるのか?そう思われる方も多いのではないか。私自身非常に悩んだテーマである。しかし、今はできると思っている。
まず報酬、給与に関していえば、報酬、給与の為に働くのではないというメンタリティを持っており、給与はあくまでも生活の安定を図るもであるという考え方が必要だ。
企業を組織している、個人が、経営者も従業員も、お金の焦点を外していなければならない。職業はお金のためではなく、それぞれの職業としてのゴールと合致しているからその労働活動を行うわけであり、決してお金のためであってはならない。
働く人それぞれが働くことにお金以外の意味を見出している。もっといえばやりたくてしかたないことになっている。
それぞれがやりたいことをやっているわけだ。それが生産性に繋がる。これは当たり前だが、やりたいと思ってやっている人と、やらされてやっている人では生産性は雲泥の差が開く。データとしては利益ベースで実に700倍の差があるという。驚きの数字だ。
それほどにやりたくてやっているのと、やらされてやっているのでは、違いがあるのだ。
コーチングにおいて、最も重要とする概念はWANT TOである。資本主義のもとの企業が最も重要とする概念はOKANEである。
この違いが全てだ。
さて、ここで問題だ。
果たして、焦点をお金から外すことに成功できる人がどれほどいるだろうか。
私は自分の経験上、次から次へとお金の焦点を外すことに成功する人が続出するとは期待していない。お金が欲しくて欲しくてたまらないという呪縛は人間の奥深くまで入り込んでいるように思う。
しかし、このブログを見た人はもちろん、お金の焦点を外すことができるようになったと思う。マイノリティだが圧倒的に有利な考え方を手に入れたと思ってほしい。
企業もOKANEではなく、WANT TOに焦点を当てさえすれば生産性があがり、利益もあがるのだから是非コーチングを導入してほしいと思う。ただし、利益は結果なのであって、利益を上げるためにコーチングを導入するというのはOKANEに焦点があたっているということなので本末転倒!それよりもひとつ高い抽象度のゴールがリーダーにあるということが前提になる。益々ハードルが上がってしまったかもしれないが、大丈夫!このブログを見て心が揺れたというのであれば、それは一つ上の抽象度のゴールがあるということだ。是非とも見つけ出してほしい。
また、この転換は劇的なパラダイムシフトであり、全く違う次元の招待であるから、それに伴う、変化は覚悟しておく必要があるということも付け加えておく。
お金の焦点を外して、一つ上の抽象度のゴールを見つけ出した企業だけが、これからの時代を独走していくのは間違いない。
本日は趣味と職業について考察してみたい。
趣味も職業もコーチング理論の一つ、バランスホイールの項目の中にほとんどの人がこれらを入れているほど、人生にとってとても重要な事柄のふたつといえよう。
コーチングを教える上で、人生の中に一切のHAVE TOを排除し、WANT TOのみで生きることを推奨している。
だから、趣味も職業もWANT TOであることが大前提となる。その点でこの二つは同じカテゴリーに属すといってもよい。さすがに趣味がHAVE TOという人はいないと思うが、仕事がHAVE TOの人は多いかもしれない。職業はWANT TOで選ぶようにしてください。大前提です。
次に趣味と職業の違いを見てみることによって、自分の人生のスコトーマがはずれるかもしれない。それを期待している。
まず趣味の定義
自分以外の楽しさ以外には誰の役にも立たなくてお金がかかること。
職業の定義
自分の能力や労力が社会に役に立つこと。社会に役割を提供すること。その中でお金がもらえるものとお金がもらえないものがある。
どうだろう?この定義に当てはめると今まで趣味だと思っていたものが職業だったりすることに気づく人がいるかもしれない。
例えば、ボランティア行為は自分の労力を社会に提供しているという点で職業に属す。しかし、その報酬はない。それで趣味とみなしている人がいるかもしれないが職業である。
趣味は誰の役にも立たないがやっていて心から楽しいことだ。そしてお金もバンバンかかる。
趣味でカバンづくりをしているとしよう。原材料を買ってきて自分が好きなように作っているのは趣味。ではその趣味のカバンを人が見て「素敵!私にも作って!」と言われたとしよう。「いいよ!材料は私が買って私があなたに似合うカバンを作ってあげる!」これは趣味だ。自分が作りたいように作るのだから、もしかしたら気に入られるかもしれないが気に入られないかもしれない。そんなことどうでもいい。私が作りたいように作ってあげる!
しかし、「材料費は頂戴ね。その代わりどんなかばんがいい?」と相手の希望を聞いた場合はどうだろう?これは職業になる。あなたの能力、労力は誰かの期待に応えるという形で役割を提供したといえる。だから職業。
「趣味でやっていたのに最近楽しくなくなってきた」なんていう背景にはこんなことが潜んでいるかもしれない。
では職業におけるWANT TOとはなんなのか?このかばん作りの例でいえばカバンを作るという行為そのものがWANT TOであるということだ。
そして職業になった時点で、自分一人の世界から相手や社会を巻き込んだ約束(契約)という重要概念がはいった世界での行為となる。そこには社会的責任が生まれ、約束を守るという義務を負う。それと引き換えにお金という報酬がもらえるわけだが、人間関係や約束を果たす上での問題は生まれる。
それでも、仕事自体はWANT TOなので楽しいというのが職業だと思うのだが。
いづれにせよ、趣味も職業もWANT TOで選ぶということを忘れてはならない。給料がいいからとかの前にその仕事が自分にとってWANT TOであり、その自分の能力、労力を社会に提供していることが「うれしい、楽しい、誇らしい」と思えるかどうか。
そんな仕事に巡り合ってほしいと思う。
そしてどんな職業がよいのか、わからないという人は趣味を徹底的に取り組むことをやってみてほしい。もともとは趣味も職業もWANT TOという意味で同じカテゴリーだったわけだから、趣味を通して、違った自分に気づけるかもしれない。
もちろん趣味を趣味としてやり続けるのか、趣味から社会になんらかの役割の提供をしてもよいなと思うかはあなたの選択による。
私はコーチとして、「やりたいことが見つかりました」「私こんなに変わりました」なんて言われると超うれしい。社会にどんどん役割を提供したいと思っているから、コーチングは職業かな。
今日はビジネスコーチングについて
私も水道工事の会社とコーチングの会社を経営している。
会社経営をしている方にとって、またはチームを組んで何かを達成しようとしているリーダーにとって、コーチングとは役に立つものだろうか?
今回はそんなテーマにしてみよう。
結論から言うとゴールがある人にとっては劇的に効果があがるだろう。というのもゴールがなければ何の役に立つのかの定義ができないのでゴールがあるという大前提でいえばコーチングは役に立つ。
ではなぜか。
それは会社を経営している人にとっても、社内におけるチームにとっても必ずスコトーマができるからである。
コーチングでいうところのスコトーマとは心理的盲点のことである。脳と性質上必ずスコトーマができる。
人の脳は重要であることと重要でないこととを選別して、重要なことだけが認識に上がるようにしている。そうして情報を取捨選択しなければ情報処理をすることができないからである。わかりやすくいうとパンクしないように処理できる範囲で認識にあげるような働きをしているのである。
詳しくは過去のブログhttps://www.yamamotoatsushi.jp/60014217/archives/80
ここで問題なのは、重要なこととは過去に重要だと判断したこと、というところだ。過去に重要だったかもしれないが現在の問題に使えるかどうかわからない。この急速な情報社会時代の中では使えない場合がほとんだ。日々変わっていく社会の中で、会社もその構成員も変わっていかなければならないことは感じていると思う。
しかし、我々の認識するブリーフシステムという機能は全て過去の体験が作り出しており、そしてスコトーマを生み出している。
だからこれからの会社にとって必要な情報もスコトーマになって目の前にあっても見えなくなっている可能性が高いのだ。
コーチングとはそのスコトーマを見つけ出しクライアントの目の前に見えるようにしていく作業のことをいう。
このような意味において会社にとってコーチングが役に立つといえる。
もちろん会社といっても会社をコーチングするわけでなく、コーチングの対象はやはり個人なわけで、つまり会社を運営している人のコーチングのことを指している。
少し、別な言い方をすると
長い間、生きてくると色々な体験をするのだが、その経験が会社をここまで育て上げた要因であると同時にこれからの成長を阻害する要因でもあるということだ。
それは経験と共にこだわりや偏見が備わったものの見方、価値観が出来上がっているということである。
これを認めるのは勇気のいることかもしれないがそのものの見方、価値観をガラリと変えることがスコトーマを外すことに繋がるのだ。
そしてその作業を共にする人をコーチと言い、その作業がコーチングである。私はこれからは会社にとってコーチングを導入することが当たり前になってくると思っている。それはスコトーマの理論が理解されたと同時にコーチングの必要性も理解されるだろうという期待だ。
私自身、経営をしながらも日々スコトーマを見つけるべく意識している。そしてその効果は劇的であり、確実である。