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苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
今日は恐怖について考えてみたい。
恐怖とは未来に対する不安のことだ。
未来にあんなことが起こったらどうしようと人は考えることが出来る。未来に対して推論をする能力を手に入れたことにより、それを避けようとする情動が生まれた。それが恐怖の出所である。
未来に対しての推論は想像力でもある。そしてなぜ、推論ができるかというと過去の経験と知識によるわけだ。過去の経験と知識があるから未来に対して推論することが出来る。
人間は昔は、生きながらえるために、過去の経験と知識を使ってどのようにすればよいのかと思考することが出来るまで、進化してきた。もちろん進化してきたのは脳のことだ。脳の進化により未来への推論をすることが出来るようになってきたのだ。
そして、その脳の進化により、未来への推論と情動が結びつくことにより将来起こることに対しても情動が発動してしまうようにもなってきている。
簡単にいうと将来こうなったら嫌だな。とかこうなったら怖いなという情動である。
未来への推論なくして、今この瞬間にあまり恐怖は感じない。
どういうことかというと例えばやくざに遭遇したとしよう。恐怖の感情とは「もし絡まれたら怖い」という情動であったり、「殴られたら怖い」という情動ではないか。
恐怖とは。遭遇したときに未来起こりうる可能性を想像することにより生まれてきていることに気づくのではないだろうか。もちろん想像して今この瞬間怖いからこの瞬間に恐怖を感じている。
しかし、想像することにより恐怖は生まれてくることが理解できるはずだ。
瞬間の感覚でいうと、やくざの場合でいえば、例えば「突然、殴られた」ときに感じる、感覚とは「痛い」であり、「怖い」ではない。
つまり、恐怖のほとんどは未来への推論から生まれてきているということを知ってほしい。
その推論は過去の経験と知識がベースとなっている。
ではどうすれば恐怖を克服できるのか。
ここでは一つ手法をお伝えしよう。
その手法とは抽象度を上げるということだ。
抽象度をあげる、つまり視点を広げることにより、それってこういうカラクリだよなと気づく。それにより、恐怖は軽減されると言いたい。しっかり、頭で考えるといってもいいかもしれない。恐怖の感情に捕われずに、冷静にしっかり考える。
やくざの例で言えば、やくざと言っても、やくざに見えているだけで単なるファッションじゃないのか。もし本当にやくざだとしても突然人を殴ったら警察に捕まるだけだから、しないよな。もし本当に殴りかかられた時の為にあそこに避難しよう。などと対処法を考えたり、相手の背景にある法的な束縛を見極めたりと推論の質を上げていくことにより、それって怖いことではないよなと思うことが出来る。
逆に言えば、恐怖はある抽象度では恐怖であるが、一つ抽象度を上げれば恐怖ではない場合が多いのだ。
だからこそ、普段から抽象度をあげるトレーニングが欠かせない。
もちろん抽象度を上げるトレーニングとは経験と知識を積み上げていくことになる。
未来に対する推論から生まれる恐怖の克服は知識を増やし、未来に対する推論の質をあげていくことで克服できるのだ。
是非、実践してほしいと思う。
苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
今日、知り合いと話している中で老害の話題になった。
老害を考えてみようと思う。
アメリカの研究データの中にゴールを失った人は平均して18か月後に死ぬというのがあるのをご存じだろうか。
例えば、何十年も働いてきた会社に定年退職を言い渡された場合などが典型的な例かもしれない。通常ゴールとは夢のようなものを指すのだが、この場合は現状維持というゴールを持ちながら生きてきたと捉える。長年現状維持をし続けて突然、定年を迎える。そしてそこから、新しいゴールを再設定できた人はそのあとも生き続けるのだろうが、再設定できなかった人がなんと18か月しか生きられないというのだから驚きである。
簡単に言うと生きる気力を失った場合、生命は本当に死を迎えるのだ。
誰でも、死にたくない。
年老いても無意識は死にたくないものだから、現状の居場所を維持しようとするのは極めて自然なことだと私は思っている。
老害という言葉を使うのは、そんな環境下において若者の可能性が発揮できないと思っているどちらかというと若者の年齢に近い人ではないだろうか。
そんな若者は今すぐその場から立ち去って、自分のやりたいことをやれる場を見つけてほしいと思う。そんな簡単にはいかないというだろうか。そうかもしれない。しかし、この問題は相反する二つの矛盾する価値観をどう受け止めるかではないのだろうか。
一方に君が間違っているから正せとお互いが思っていても拉致があかない。
重要なことはゴールである。ゴールに合致すること以外はスコトーマに隠れてみえなくしてしまえばよい。重要なことは自分のゴールがなんなのかである。
仮にゴールに向かう上で老害と思われる人が必要なのであればそれは害ではなく仲間である。必要なことはルールを決めたり、話し合うことかもしれない。
ゴールに向かう上で必要なければ、先ほど述べたようにスコトーマにしよう。
66億の人間がいれば66億の価値観が存在する。
となりの人と価値観が合わなくて腹のたつことがあるかもしれないが、相手には相手の価値観があり生きている。そう思って尊重することはとても大事なことだ。
かと言って、相手の価値観に合わせろと言っているわけではない。自分の価値観こそ一番尊重するべきものだ。自分のゴールが一番大切だが、隣の人も同じことを思っているということを知ることが大事なのだと思う。
年老いても、若くても、皆一生懸命生きている。それは間違いのない事実である。
苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
今回は行動について。
行動なくして、ゴール達成はありえない。それはあなたも重々承知だと思う。ゴール達成のための効果的な行動を行うことによって、ゴールは達成される。
だから、必ず行動する必要性はあるわけだ。
とは言うものの、人は誰でも現状維持のホメオスタシスを持っているし、何らかのトラウマやコンプレックスといった負の感情を持っている。それは時として、ゴール達成のための行動の妨げになったりする。
行動しようとしても、勇気が湧いてこなかったり、行動してもそれが習慣になるまで続かなかったりする。
ここで、今日のテーマだ。
そんなときには行動しない方がいい。やればやるだけ「私はダメなやつだ」というイメージを植え付けるだけだ。エフィカシーを下げてしまうことに繋がる。
え?行動は大事じゃないんですか?
と思われただろうか。
行動はもちろん大事だが、行動しようと思うことよりも大事なことがある。
それは自己イメージだ。
自己イメージがきちんと確立されていれば、ホメオスタシスの力で人は勝手に行動を起こす。自己イメージが「現状の私」にあるままで行動しようとしても、恐らく高確率で元に戻る。それは当たり前の話で、現状のホメオスタシスの作用がそうさせてしまうのだから。
だから行動する前にやらなければいけないのは、きちんと自己イメージを変えることだ。自己イメージを変えるとは、セルフトークを気をつけることであり、アファメーションを行うことになるのだが、まずは「私はゴールを達成している奴だ」という自己イメージを刷り込んでおく必要がある。
あとはそれに対して湧き上がってくる感情を大事にすればよい。
未来にゴールを達成している私であれば、今、恐怖を感じて行動を起こすことに戸惑いがあるけど勇気を出して、一歩踏み出すべきだよな。よしやろう!
というように行動を起こす。
行動を起こせないのは、あなたの心のなかにある何らかの要素が邪魔をしている。しかしそれは結構強烈にあなたのゴール達成を阻む要素である。しかし、その要素、先ほど例に挙げたものでいうと、コンプレックスであったり、トラウマであったり。確かにこれらは強烈にあなたの無意識に潜み、ゴール達成の邪魔をしている。ただ、それを取り除こうなんて考えてはいけない。それには向き合わないでよい。「ああ、確かにあるよな」と軽く見るだけでよい。一度見ればもう見る必要はない。これはかなり大事なことなので覚えておいてほしい。
自分の現状の分析などいらない。ゴールを達成したい人にとっては全く無意味である。
それよりもゴールを達成している自分の自己イメージをしっかり作っていこう。
行動はその結果、ホメオスタシスの力で勝手にしてしまうものなのだ。
こんにちは。苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
今回は情報空間と抽象度について考えてみようと思う。
目の前に何かがある。私であれば、パソコンとマウスとペンとマグカップとヘッドホンとヘッドホンアンプとティッシュ、たくさんあるがこの辺にしておこう。
あなたの前にも何かあると思う。
その何かは物理的なものとして認識すれば、ただのもの。
だけど、その物を見てそこから宇宙を広げていけば、ただのものが情報空間への入り口となる。物理的な実体のあるものは情報空間の投影とされている。それを逆向きに見てみるのだ。
情報空間のあらゆる縁起の帰結としてこの場所に現れた、この物に対して、そこから情報宇宙をのぞいてみよう。
見えただろうか。
情報空間、情報宇宙が。
私にはすごく見える。例えば、マグカップ。これは陶器だから、原材料は土と水だろうか。機械で作られたような形だ。手作りではこの曲線はだせないはずだ。だから機械でつくったのだろう。機械で作られたということは個人の作品ではないだろう。会社として利益をあげるためのひとつの生産物だろうか。その会社は創業何年でどのような会議が行われているのだろう。何人スタッフがいるのだろう。カップの周りに温かみのある絵がそこに描かれている。これは手書きのようだ。ということは工場で生産されて出来上がった白いマグカップに一人の絵描きが一つづつ絵を書いていったのか。
この辺で止めておくが、一度あなたも目の前にあるものに対して思いを巡らせてみてほしい。
そして思いを巡らすという行為により、情報空間にアクセスしたことになる。私の場合はマグカップという物理的なものを通して、情報空間を見た。
そしてその情報空間の大きさと言えばよいか、高さと言えばよいか、スケールと言えばよいか、とにかく視点を高くすることにより見える範囲のことが抽象度という。
視点が高ければ高いほど見える範囲は広がる。
すなわち、抽象度が高ければ情報空間にアクセスできる容量も大きくなるということなのだ。
一つのマグカップから見える情報空間は見る側の抽象度レベルにより範囲が限定される。
そして見えない部分がスコトーマと言われるものだ。
スコトーマを外してゴールの達成方法が見えてくるという言い方をするが、抽象度が上がらなければ実は見えない。
この関係性は双方向性である。
例えば、ゴール設定をして、アファメーションをするという行為は抽象度を上げる行為でもある。アファメーションをすると見える世界が変わり、変わった世界をゲシュタルトとして認識するということ自体、抽象度を上げる行為と同じなのだ。
ゴールがあるから、抽象度が上がる。抽象度が上がるからスコトーマが外れてやり方は見える。
書いていて思うが、やはりゴールの重要性は半端なく高い。そう思わされる。
どうだろうか。
苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
今回は、コーチングとは何なのかをここではきちんと説明しておきたいと思います。
コーチングとは自分を変えていくための方法です。自分を変えるために必要なのがゴールです。ゴールを達成するための方法がコーチングと思っている方が多いですが、自分を変えるための方法と言った方がより正しい解釈となります。後述しますが、キーワードはゴールが先で認識が後という言葉です。ですから、自分を変えるために、いつでも自分の好きなように変えていくことができるようになることがコーチングの真の目的なのです。
考えてみれば、いつでも自分の好きなように変わっていくことができるということが、自由を手に入れるということではないでしょうか。
つまり、自由を手に入れるための方法がコーチングなのです。
では、コーチングにはどんなやり方があるのでしょうか。
コーチングのやり方には大きく分けると自分でやる、セルフコーチング、
1対1でやる、パーソナルコーチング、
1対多でやるグループコーチングがあります。
セルフコーチングは理論を学び、アファメーションなどの実践方法を行うことによって、ゴールを達成していくことです。
パーソナルコーチングはコーチとクライアントが1対1で行います。月に1回30分から1時間程度のセッションを約半年間行うことにより、コーチはクライアントにゴール達成するためのマインドの使い方を教えます。また言語、非言語の情報のやり取りを通じて、ゴール達成を可能にさせ、またはクライアントの真のゴールを見つけるお手伝いをします。
グループコーチングとはコーチ1人に対して、クライアントが数名の関係でおこないます。基本的にはパーソナルコーチングと同じようにある一定期間が必要となりますが、時と場合により、状況は変わります。というのはグループを形成しているのが同じ組織の場合もあれば、関係ない場合もあり、組織としても人数の違いは様々であり、その時と場合により、柔軟に設計しながら対応していていくこととなります。
これらの状況に応じた方法で、コーチはクライアントの自己変革を成功させるのです。
これらがコーチングのやり方です。
では次に苫米地式コーチングとタイス式コーチングについて説明していきましょう。世界最高峰コーチングとして紹介されるこの2つのコーチングとは一体どのようなものなのでしょう。
苫米地式コーチング
苫米地式コーチングとは、その名の通り、認知科学者苫米地英人博士考案のコーチング体系です。
まずは認知科学者苫米地英人博士とはどんな人なのでしょうか。
苫米地博士は子供の頃から、天才児でした。上智大学、イエール大学、カーネギーメロン大学など様々な大学で、様々な博士号を取得しています。そしてカーネギーメロン大学で研究していたのが人口知能です。人口知能を創るためには人間の認知をまず知らなければなりません。それはワンセットなのです。当時アメリカでも人口知能研究が盛んで、国防予算の中でも莫大なお金が人口知能研究に注がれました。そんな中、苫米地博士も人間の認知を解明し、人口知能にプログラミングすることを目指した人口知能研究の第一人者なのです。
その過程で認知科学という学問が生まれます。認知科学とは人間の脳と、その機能を同時に研究する学問です。そのため、機能脳科学と呼ばれたりもします。
人間の脳と心を研究します。この2つを分子生物学や心理学などと分けるのではなく、脳と心のなかで起こっている現象と脳と心の機能を研究する学問です。これは宇宙の現象を解き明かすことにもつながります。
情報空間という概念と物理空間という概念とに分け、抽象度という階層性により、この2つが連続的に存在しているという説明をしています。抽象度の高いところを心と呼び、抽象度の低いところを脳と呼ぶのです。
ですから、脳と心は同じものなのですが、その現象が抽象度のどこで起こっているのかということです。低い抽象度でいうと脳内の電気信号と言えますし、高い抽象度で表現すると心の問題で、うれしいとか悲しいと表現するようになるわけです。
つまり、脳と心を同じものとして捉え、情報空間から物理空間までの抽象度の宇宙において、その現象と機能を考えていくのが認知科学なのです。
そんな中で生まれた、コーチングの理論体系とはどんなものでしょうか。
例えば、家が欲しいというゴールというのは心の中にありますよね。欲しい段階ではまだ家は物理的に存在してはいないですから。つまり、家が欲しいというゴールは情報空間に存在しています。それが現実になると物理的に表れるようになるわけです。
今現在の自分の状況というのも同じように情報空間にある自分がいてる場があります。
ということは、ゴールが達成されるとは情報空間において、今自分がいてる場からゴールが達成される場へ移動すればよいというわけです。場から場への移動と考えるのです。
情報空間のある地点に今、自分が存在している。そしてその投影されたものが物理的に表れた今の現状。
情報空間における地点を変えることが出来れば、その投影された物理的な状態も変わるということです。
お分かりいただけたでしょうか。
苫米地式コーチング理論の中核をなすのは情報空間における自我(自分)の移動です。物理的に変えることが難しいことも情報空間においては簡単に変えることができるのだよということなのです。
家が欲しいと思って、家を実際に建てようと思っても、無理だなと思うのは。現状の私では無理だという風に捉えるのです。現状の私、つまり現状の自我を、欲しい家を建てることができる自我に変えることは簡単にできる。そして自我を変えた結果、欲しい家が実際に建つのです。
自我を変えずに物理的なものだけを欲しても手に入れることはできません。ですから自我を変えるのです。それが情報空間において自分という場を移動させるということなのです。上記のゴールが先で認識が後ということもこのことと繋がります。ゴールがなければどこに移動すればよいのかわからなくなります。ですから、まずはゴール。そしてゴールという場が設定されてからその場の情報が認識できるということになるのです。
我々は元々、情報的な存在です。情報的な存在であれば、情報は簡単に書き換えることが出来る。そしてこの情報の書き換えをコーチングにより行うのです。
苫米地式コーチングは高い抽象度からクライアントの情報場に働きかけて、情報を書き換えます。苫米地式コーチングのコーチがよいのは、高い抽象度からクライアントを見ることが出来ることです。高い抽象度から見ることができるからこそ書き換えができるのです。
逆に言えば、抽象度が低い人は絶対にクライアントを変えることができません。
しかも我々からすると、それはコーチとは呼びません。
巷にはコーチと名乗る人が数多くいますが、この情報の書き換えが絶対無理だろうと思うような人もコーチングを語り、コーチと名乗っているのですから困ったもんです。
苫米地式コーチングが世界最高峰と呼ばれる所以は、苫米地博士の認知科学がベースとなっています。なんといっても苫米地博士が世界でも最高の認知科学者だからです。誰よりも深い知識で人間の認知を研究してきた人だからこそ見える認知の世界、情報空間の世界、そしてその効果的な書き換え方が苫米地式コーチングなのです。
苫米地式コーチングが少しはお分かりいただけたでしょうか。
タイス式コーチングとは
タイス式コーチングとは正式名をパフォーマンス・エンハンスメント・コーチングと呼びます。ルー・タイスの名にちなんで略称をタイス式としています。ルー・タイスとはコーチングという言葉を生み出した、元祖コーチです。
今、日本にも多くのコーチング団体はありますが、その源流となっているのがルー・タイスだと思ってください。そのような意味では皆がルー・タイスの系列の弟子といえるかもしれません。
ルー・タイスは40年に渡って、コーチングを実践してきた人であり、国を超えて、各国の要人のコーチングをしてきた人でもあります。そして40年間に渡り、コーチングのプログラムを更新しながら作り上げてきた人でもあります。TPIEやPX2というセルフコーチングプログラムもアメリカを中心とした著名な学者が集まって作り上げ、更新された史上最高のセルフコーチングプログラムなのです。
その実績はすさまじいものがあります。
NASA、アメリカ国防総省、フォーチュン500の62パーセント企業などが導入したのです。
実績を見れば、他のコーチングとは比にならないものがあります。
とはいうものの、当初ルー・タイスのコーチングプログラムは軍隊や企業の中で、軍人や企業戦士をつくりあげるプログラムでした。しかし、ルー・タイスは晩年、若者を自由にするための教育プログラムへの更新を目指したのです。
しかし、ルー・タイスは自分ではどうしてよいのかわからない。誰かの知恵を借りたいということで世界中を探しました。
そこで白羽の矢が立ったのが苫米地博士だったのです。
ルー・タイスと苫米地博士で作り上げた理論が更新されたコーチングプログラムとなりました。
スコトーマ
コンフォートゾーン
エフィカシーなど
コーチング用語の基礎ともいえる言葉はここから生み出されています。
この更新されたコーチングプログラムの中に、パフォーマンス・エンハンスメント・コーチング、TPIE、PX2が含まれます。タイス式コーチングはこの中でパーソナルコーチングとグループコーチングを行うことを許された資格ということになります。
コーチ山本敦志のコーチングとは
私は、苫米地式コーチング認定コーチでもあり、タイス式認定コーチでもあります。
この2つの認定資格とは姉妹のような存在であり、相互が独自の理論体系でもありますが、コーチングを理解するためには相互に補完し合っている関係といえると思っています。
私はコーチになろうと決めたときから今までとにかく学びたかった。最高のコーチとなるべく最高の理論を手に入れるために勉強をしてきました。もちろんこれからもあくなき探求心でコーチングの達人を目指していこうと思っています。
とにかく、必死で学びました。しかし今になって思うのはコーチングは単に理論を知って、実践していくというものではありません。
目に見えない力や、言語を超えたところにある力がとても重要なのです。
苫米地式コーチング認定コーチといっても、タイス式認定コーチといっても、苫米地博士でもなければ、ルー・タイスでもありません。しかし、私はクライアントに対して苫米地博士やルー・タイスと同じような効力のあるコーチングを行いたいと思っていますし、苫米地博士やルー・タイスもそれを期待して教えているのだと思います。
ではどうやって同じ効力のあるコーチングを行うことが出来るかというと私自身が苫米地博士からコーチングを受けたことが重要だったのです。
理論を学んでそれを実践したところで手に入らないのが、この感覚なのです。目に見えないような教え、言語を超えた教えがその中にたくさん詰まっているのです。
そして、その力は伝達可能なのです。
苫米地博士やルー・タイスから直接コーチングを受けなくても、それと同じ効果があるのがコーチングの魅力です。
それこそ、高い情報空間にある宝物のようなものは人の脳を通じて伝達が可能なのです。そしてコーチングの役割とは古来、多くの偉人たちが到達した高い情報空間にある宝物の伝達なのです。
私は苫米地博士から受け継ぎました。
私が苫米地博士から受け継いだ高い情報空間にある宝物の伝達が私のコーチングの真髄です。
世界的にも数少ない貴重な体験をさせて頂いたので、それを今度は次に届けていきたいと思っているのです。
高い情報空間にある宝物を手に入れると自由になります。
ゴールが達成されます。
また新しいゴールが見つかります。
ワクワクした、心から満足のいく人生を送る自分になれます。
人生を変えてみたい。絶対達成したいゴールがある。心から達成したいと思えるゴールを見つけたい。
このような方に心から向き合います。そして高い情報空間にある宝物をしっかりあなたに送り届けます。
苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志です。
親御さんであれば、子供に勉強をしてほしい。でもいくら勉強しろと言っても、しない。遊んでばかり。
どうすれば勉強のやる気がでるんだろう?
このように思っている方は多いのではないだろうか。
この問題をコーチング的に解釈して考えてみよう。
まず、勉強という点において。
勉強は大切だ。生きていく上で一番重要と言ってもいいぐらい重要だと思っている。ゴールを叶えていく過程において、常に必要になってくるのが知識である。知識の習得なくしてどんなゴールも達成することはできない。
知識の習得という意味の勉強の大切さは親御さんと同じように思っている。
このことを前提として話をすすめる。
次にやる気についてみてみよう。
あなたはやる気とはなんだと考えているだろうか。
やる気とはホメオスタシスである。ホメオスタシスとは恒常性維持機能のことである。例えば体温などがこれにあたる。恒常性を常に維持しているのだ。風をひいて、ウイルスが侵入したときには体温をあげてウイルスを撃退するが、撃退し終われば元に戻る。36,5℃が平熱の人であれば、その一定の状態を常に維持している。
やる気がでない理由はこれと同じで、もとの状態に戻ろうとする心のホメオスタシス機能が働いているということなのだ。
これを知らずに勉強しろといって、強制的にさせても結局のところ元にもどってやらなくなってしまう。これを繰り返すうちに勉強しろという行為自体が無意味に思えてきて、言うこともやめてしまう。
そんな感じでなないだろうか。
では、いったい何が間違っているのか。
この問題の鍵は
子供がWANT TOかHAVE TOか、、、、、である。
WANT TOとはしたいこと
HAVE TOとはしなければならないこと
子供にはWANT TOしかさせてはならない。
HAVE TOは一切させてはならない。
HAVE TOにはホメオスタシスが働いてしまうのである。色々なやらない理由を考えだして結局やらない状態を作り出す。
こんなことをさせても意味はない。
どころか子供の大切な自尊心を傷つけてしまうだけであり、絶対にやってはいけないことに属す。
考えてみてほしい。
勉強しろ、しろ、と言われて、やらない。そしてその結果、テストの結果が悪くて、叱られる。あなたが勉強しないからでしょ。なんて言われる。
そのことにより、子供はなんて思うだろう?
俺はダメなやつだ!
こんなことを思わしてしまえば、本当に勉強が嫌いになるし、自分をダメなやつだと設定して、その通りの行動をはじめてしまう。
簡単に言うと馬鹿なやつだと設定することにより、馬鹿になってしまうのだ。
だから、絶対にHAVE TOはさせてはいけない。
WANT TOだけをさせてあげるのだ。
WANT TOのことをやるときはホメオスタシスは逆に、もっとできるようになりたい、もっと成長したいというところに働くようになっている。
無限に成長していくことができるのだ。
WANT TOだけやるなんて遊んでばかりで、ゲームばかりで勉強しないのではないだろうか。と思われるかもしれない。
このことに関してはそうかもね。としかいえない。
その子供のWANT TOはその子供独自のものだからどんなWANT TOかはわからないし、干渉すべきでもない。
そこで、親御さんができることは教えてあげることだと思う。
冒頭でも述べた、勉強の大切さだ。
子供だって夢を持ちたいし、叶えたいと思っている。
そんな気持ちを信じてあげて、その夢を叶えるためにも勉強は大切なことなのよ。と教えてあげてほしい。
大人にできることはこれだけだ。
地球上には66億人の人間がいる。66億人の人間がいれば、66億通りの人生がある。それはその人だけの人生であり、かけがえのないものである。
思う存分、自分の人生を自由に生きていってほしいと思う。
その為には、WANT TOで生きることを選択すべきだし、WANT TOで生きてよいよと許可を与えてあげることが親の仕事なのではないだろうか。
そしてそんな子供は必ず夢を持つ。
なりたい自分が生まれてくる。
そんな子にこの社会でその夢を叶えるためには勉強が大切なのよ。とだけ教えてあげれば、そしてその子が納得すれば勉強がWANT TOに変わるのである。
「勉強のやる気がでない子供を天才に変える方法」というテーマでセミナーを開催します。
脳科学、心理学、コーチング、という視点から子供を天才に変える方法をお伝えしようと思っていますので、是非ご参加ください。詳細はこちら
苫米地式コーチング認定コーチの山本敦志のブログ
ディズニー映画『ズートピア』を見た。
非常によかった。おもしろかった。
コーチングに携わる僕にとっては、是非みんなに見てほしい映画である。夢をあきらめない気持ちがあれば、夢は実現するということが学べる映画である。やはりディズニーは素晴らしい。
ところがだ。
最後の最後に椅子から転げ落ちそうになった。
なぜかというと、最後に主役のウサギがスピーチするシーンがあるのだが、内容は忘れてしまったが、大切なことは「トライ」と言っていたのが字幕スーパーは「努力」と訳されていたのだ。
トライはご存じのように、挑戦するとかやってみるとかいう意味である。努力ではない。
何故、努力という言葉を選択したのだろうか。非常に気になる。
結局のところ日本人に「大切なことは努力である」と植え付けたかったのかと疑いたくなる。
ディズニーの解釈は自分の夢につながると思えること、本当にやりたいことはとにかくやってみようよという意味なはずだ。それが「トライ」なはずなのではないのか。
それを努力と訳してしまえば、成功するためには、その途中段階では「しなければいけないこともする必要がある」との意味合いとして受け止められてしまうじゃないかと思った。
努力の時代は20世紀に終わったと僕は思っている。
21世紀はこころから「やりたいことをやる」時代だと思っている。
ディズニーが言いたいことも絶対そうなはずだ。
大切なことは「トライ」である。自分が選んだ夢につながりそうなことをやってみる、挑戦してみることである。
決して努力ではない。この翻訳は正してもらいたいと思う。
苫米地式コーチング認定コーチの山本敦志のブログ
コーチングを受けたり、アファメーションをしたり、自分の達成したいゴールを掲げ生きていく。しかし、そのゴールが達成されないときの話をしようと思う。
コーチングやアファメーションは非常に優れた自己実現方法だ。しかしこれらをおこなってもすぐにゴールが達成されるわけでもなく、時に長い時間がかかる場合があるかもしれない。
そんなときに、やってはいけないことがある。
それは諦めるということ。
諦めた段階ですべてが終わる。
達成過程においてもう無理かも。やっぱり夢物語なんだ。だまされただけだ。などと心の声が聞こえてきてゴールを掲げることをやめてしまおうなんて思うときがあるかもしれない。
だけど、やめてしまえばその未来は必ずやってこない。
逆に諦めなければその未来は必ずやってくる。
必ずやってくる。
未来は待ってればやってくる。どんな未来がやってくるかはゴール設定した未来がやってくるんだ。
そのゴールの旗を降ろしてしまえばやってこない。
心の葛藤は色々ある。
しかし、諦めるということだけは絶対してはだめだ。
そのゴールは達成されると確信しよう。
僕も共に確信する。
必ず掲げたゴールはやってくる。
学校教育関係者様へ
はじめまして。苫米地式コーチング認定コーチ兼苫米地インスティテュート認定パフォーマンス・エンハンスメント・コーチの山本敦志と申します。
弊社は現在は芦屋、神戸を中心にコーチング理論の普及に務めております。
この度、子供向けにセルフコーチングのプログラムの導入へ向けて、ご提案をしていきたいと存じます。
コーチング創始者ルー・タイスと認知科学者苫米地英人が作り上げたセルフコーチング理論があります。セルフコーチングとは夢を叶えるためのマインドの使い方を学ぶことでございます。ルー・タイスが40年間の間に心理学者を中心に超一流の様々な学者が結集し作り上げたコーチング理論に認知科学者苫米地英人が参加し更新された、コーチングプログラムです。
学校教育では教えられないマインドの使い方を学ぶことにより、子供は無限の可能性を発揮していくことができます。
子供一人一人は独自の才能を持っており、また独自の世界観を持っています。そしてその個性を最大限に引き延ばすためには現代ではコーチングの導入は欠かせないと考えております。
弊社は様々な教育機関に向けて、あらゆる時間帯、あらゆる人数に対応し、柔軟に対応していき、コーチングの有効性を発揮していき、夢を叶える子供を増やしていきたいと考えております。
コーチング導入のお考えのございます教育関係者の方がおられましたら、お気軽にお問い合わせくださいますようお願い申し上げます。
苫米地式コーチング認定コーチ 山本敦志のブログ
5月18日と24日に「子供を天才に変えるたった3つの方法」というテーマでセミナーを開催します。
ルータイスのセルフコーチング理論と苫米地式コーチングの理論を盛り込んだ子供の教育に関わる方向けのセミナーです。
やはり、コーチング理論やノウハウは子供向けに使ってほしい。タイス式、苫米地式共世界最高のコーチング理論だと思いますので、是非参加して頂き、ご家庭や教育現場などで使っていただきたいと思います。
もともと子供は天才だと思いますがその成長過程で平凡であることが望まれ、そしてそれをいつの間にか受け入れ、今の現状があるのではないでしょうか。
子供が天才であり続けるための方法をお伝えしますので、気楽に参加してみてください。
セミナー情報 子供を天才に変えるたった3つの方法
山本敦志。